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第63回 どろぼうのどろぼん

「どろぼうのどろぼん」 福音館書店 2014年9月発行 280ページ
斉藤倫/作 牡丹靖佳/絵

警察の取り調べ室から話がはじまる児童文学は、あんまりみたことないようにおもいますね。そこからすでに引き込まれてしまいます。設定は不思議で奇妙な話という感じですが、罪とは何か、ということに触れられていて心に残る小説でした。
ちなみに、同姓同名の漫画家の「斉藤倫」さんとは別なかたです。詩人の斉藤倫さんはこれが初の長編小説のこと。

刑事のチボリ、が主人公。取り調べ室で、泥棒を尋問しています。どろぼうのどろぼんと泥棒は名乗りました。「子どもというには年を取りすぎているけれど、おじいさんというには若すぎる。背はのっぽというには低すぎるけれど、ちびというには高すぎる。」という印象に残らない顔立ち。何件盗みをやったのかという問いには、はっきり覚えていないけれど千件くらい。とんでもない件数です。それにそもそも、刑事が捕まえた時、まだ盗みには入っていませんでした。なのに、なぜ逮捕されたのか。どろぼんのふしぎな生い立ちから話が始まります。どろぼんには物の声が聞こえる、というのです。
お手伝いさんの仕事をする母に連れられ、あるお屋敷にお邪魔していた時のこと。棚のすみっこにいた花瓶がこっちをみてと必死に話しかけてきます。花瓶はどろぼんのお母さんを見つめ、このひとが気にいった、と言います。花を活けられたことがないんだ、となんだか黒いものが出ている不気味な花瓶。そして言います。ぼくをころして と。そして花瓶は棚からとびおりて、こなみじんになります。どろぼんには、花瓶が自殺したのだとわかります。 このシーンは強烈です。ぞうっとしますね。私の棚の上にも、物や本がたくさんありますがほこりをかぶっている・・・。

どろぼんの勾留期間は10日間、彼と物と物の持ち主との奇妙なお話が披露されます。愛されていないかわいそうな物たちの声に耳を傾け盗みだし、必要とする人のもとへ送り出す。物を盗まれた人の人生にも変化をおこします。大抵は良い方向に。持ち主は物があったことさえ覚えていないので盗まれても気がつかない。だから刑事事件として立件するのはかなり難しい。しかしあるモノを盗んだ時から、彼の物の声を聞く力は弱まってきています。盗んではいけないものを盗んでしまったからだと彼はいいます。刑事たちは、どろぼんの話に魅了されていきます。

盗みは罪です。ですが、どろぼんの盗みは罪だと言いきれず、どろぼんに好意を感じはじめてしまい、刑事は立場上苦悩しますが、彼のために行動しはじめるのがいいです。盗みは断罪されるというのが児童文学としてはそういう流れに向かうと思うのですがそうならないのがほっ とします。登場人物、話のきっかけとなる場所、物たちの想い、物と人のかかわり、それぞれがうまくまとまっていて、大変面白い小説です。子供向けに書かれたものですが、大人のひとが読んでも遜色なし。書記係のあさみさんや刑事チボリの部下のオーハスなど登場人物がまた面白い。書記のあさみさんを表現する文章がすごくかわいらしいんです。実際にいる人を表現したんじゃないかしら、なんておもいました。
牡丹靖佳氏の挿絵がまた不思議で柔らかく、お話と奇妙にマッチしていて素晴らしい。