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第144回 青銅器時代の少年ってどんなだったでしょう

イングランド、青銅器時代が舞台、少年の成長を描いた物語。愛犬との絆、友情、少年から青年への通過儀礼、とどきどきわくわく、てんこもり。
青銅器時代とは、青銅(錫と銅を合わせた金属)を使った金属の道具が使われた時代で、石で作った道具が主流だった石器時代よりも、農業や社会が大きく発展していった時代です。石器時代に有力だった部族は、青銅を発明した部族に支配されるのです。主人公は、青銅を使い発展した部族に属しています。青銅よりもさらに強く硬く加工も難しい鉄を使った道具も、あらわれはじめた時代でした。

「太陽の戦士」 岩波書店 1968年12月発行 328ページ/岩波少年文庫版 2005年6月発行 396ページ
ローズマリ・サトクリフ/作 チャールズ・キーピング/さし絵 猪熊葉子/訳
原著「WARRIOR SCARLET」 Rosemary Sutccliff 1958年

紀元前900年、青銅器時代。
9才の少年、「ドレム」が主人公です。今のイングランドの丘陵地帯で部族の人々と暮らしています。部族の男たちは、15歳になると戦士になる儀式を受けねばなりません。獲物を追う方法、武器を扱う技術などの技を学び、一人で狼を殺すという試練に挑みます。
しかしドレムは、6年前にかかった病のため右腕が使えません。今までは左腕だけで不便は感じてはいなかったものの、試練に挑むには不利。失敗すれば、死か、部族のもとを去らねばなりません。片腕しかきかないドレムは儀式に失敗するだろう、と家族に思われていると知り、悲しみのあまり家をとびだし暗い森の中へ逃げ込みます。

たったの15歳で、こんなにも厳しい試練を受けねばならないなんて。手加減なしの情け容赦ない世界です。戦士の試練以外にも、片腕が使えないというハンディにより同年代の若者たちからの排除も経験します。
そんなドレムにも味方がいます。愛犬の狼犬ノドジロ。族長の息子ボトリックス。やはり片腕しか使えない狩人の名人タロア。そして、羊飼いのドリ老人との同情のような友情のようなつながりが興味深いんですよね。部族は、羊飼いのかれらを支配しています。ドリ老人もやはりドレムはおそらく儀式に失敗し、部族から立ち去ることになって羊飼いになるだろうとおもっていたのでしょう。支配者層の少年を受け入れるということに、抵抗の気持ちはあったんじゃないかとおもいます。けれど、厳しくもドレムが立派な羊飼いになるように教育してくれました。
挫折を経験し、困難を乗り越え、ドレムは成長していきます。弱いものや愛するものを守りたい、そんな一本芯の通ったすがすがしい児童文学でした。
ドレムの暮らす丘陵地帯や森の暗さといった風景の描写も多く、当時の暮らしぶりを思い浮かべると楽しいです。特に羊飼いの過酷な暮らしのにはどきどき。
ローマン・ブリテン四部作「第九軍団のワシ」「銀の枝」「ともしびをかかげて」「辺境のオオカミ」のローマ・ブリテン四部作やケルト・ギリシャ・アイルランドなどの神話や英雄をもとにした物語をたくさんかいておられます。自身も足に不自由があったためか、足や手に障碍のもつ主人公がよく登場します。

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第143回 帆船・キャンプファイア・海賊・楽しい夏休み!

「ツバメ号とアマゾン号 ランサム・サーガ1」 岩波書店
アーサー・ランサム全集版:1967年6月発行 487ページ
(新訳版 ランサム・サーガ岩波少年文庫版 上下巻:2010年7月 340ページ/332ページ)
アーサー・ランサム/作・さし絵 神宮輝夫・岩田欣三/訳
原著「Swallows and Amazons」 Arthur Ransome 1930年

ジョン・スーザン・ティティ・ロジャのウォーカー家の4人きょうだいが、イングランド湖水地方の湖で過ごす夏休みの物語です。(ほんとは、2才の末っ子の女の子がいますが小さいためお留守番。)
あれこれを禁止する大人たちから開放され、子どもたちだけで帆のある船をあやつり、湖にある小さな島でテントを張って、たきぎを集めてキャンプファイア、自分たちで釣った魚を調理し、戦争ごっこをして、自由な時間を満喫します。
1929年のお話なので、90年ほど前ですね。なんと昭和4年です。
物語のさいしょでは、末の男の子ロジャが、おうちの前で待つお母さんに向かって、帆船のマネをしてジグザグに道を走っています。すでに、ロジャは空想にはいっているんですね。
水の上では、向かい風を受けている場合、帆に風を受けて早くすすませるため右・左とジグザグに船をはしらせます。それを「間切る」というんですね。
センターボード、メンスル、フォアステー・・といったヨット各部の名前や船の操作方法などのカタカナがたくさんでてきますが、意味はわからなくてもまったく問題ありません。どうしても気になったら、章の最後の説明を御覧ください。

湖で溺れないか、風邪ひいたり、怪我したりしないかと、親としては、かなり心配です。
ウォーカー家のお母さんはおおらかで空想豊かな人。ジョンやスーザンの大きいきょうだいたちが小さい子たちの面倒をみて危ないことはしない、と信用しているからこそ、きょうだいが楽しめるのでしょう。
レモネードのことを「ラム酒」、コンビーフの缶を「ペミカン(冒険家たちの携帯保存食のこと)」、空想力のないアレコレうるさい大人たちのことを「原住民」などとよんだりしますが、おかあさんもそれにあわせておしゃべりします。子どもたちの空想につきあえる、素敵なおかあさんです。

こどもたちが乗る船の名前は、ツバメ号です。タイトルには「アマゾン号」ともかかれていますが、こちらは、ナンシーとペギイのブラケット姉妹がのっている帆船の名前です。
彼女たちと、互いの船をとりあう戦争ごっこがはじまります。リーダーを決める、けっこう大事な戦争です。風の向き、互いの位置、船を隠す場所などに工夫をし、千恵をしぼって競うのは、とても面白いです。

それからもうひとり、重要な役割の人物、ジム・ターナー。こちらも豊かな空想力を持つ素敵な大人です。ナンシイ・ペギイの姉妹のおじさんです。この夏は、小説を書くのに夢中で海賊ごっこをまったくしないので、ナンシイ・ペギイ姉妹がむくれています。オウムを飼っていて大砲のある屋形船で暮らしているので、「宝島」という小説にでてくる冷酷な海賊「フリント船長」と、ツバメ号きょうだいがあだ名をつけました。なかなかおもしろい役割を果たします。

心躍る夏休みの冒険です。楽しくて肩のこりがほぐれるような気がします、個人的な感想ですが。よろしかったらお手にとってみてください。

シリーズは、全部で12冊。新装版の岩波少年文庫ですと全24冊。
「2巻:ツバメの谷」「3巻:ヤマネコ号の冒険」「4巻:長い冬休み」「5巻:オオバンクラブの無法者(オオバンクラブ物語)」「6巻:ツバメ号の伝書バト」「7巻:海へ出るつもりじゃなかった」「8巻:ひみつの海」「9巻:六人の探偵たち」「10巻:女海賊の島」「11巻:スカラブ号の夏休み」「12巻:シログマ号となぞの鳥」
シリーズによって、ウォーカーきょうだいではない人が語り手になります。オオバンクラブのトムや、ドロシアとディックのD姉弟もすてきな子たちですよ~。

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第142回 平安時代、橋を守る鬼と人

「鬼の橋」 福音館書店 1998年10月発行 340ページ
伊藤遊/作 太田大八/画家

小野篁(おののたかむら)という実在の人を主人公にした物語です。平安時代の初めごろの人で、たいへん書道が巧みで、みなお手本にするほど美しい書をかきました。詩人で、学者で、そのうえ弓を引かせるとなかなかの腕前。多彩な才能を持つ人だったようです。
そして彼には不思議な逸話が残っているのです。昼間は朝廷で官吏(官僚)を、夜は地獄の閻魔さまの裁判のお手伝いをする冥官をしていた・・・というのです。非常に才能豊かな人だった、と今に伝わる小野篁ですが、少年~青年時代には学問をオロソカにしてちょっとばかりひねくれていたようなのです。

小野篁、12歳。妹の比布子(ひうこ)を不注意で死なせてしまった篁の心の闇が丹念に綴られていきます。取り返しのつかないことをした自らへの怒りやいとしいものを失った悲しみが魂をむしばみ、篁少年の心の成長を阻んでいます。父に見放され、学業が手につかず、町をうろつきケンカをしたり、橋の欄干を蹴っとばしてうさをはらしたりしています。死んでしまいたい・大人になりたくない・・と荒れる篁の空虚な日々を読むのは、ちょっとしんどい。ですが、妹が死んでしまった荒れ寺へと通じる橋を通じて、おもしろい人達と出会います。

橋作り人夫だった父を亡くした小生意気少女・阿子那(あこな)
残酷な殺しを好む鬼だったが、ツノをもがれ力を半分失って「この世」にやってきた非天丸(ひてんまる)
3年前に死亡、そののち地獄にて「この世からあの世への橋」を守る役目についた勇猛果敢な将軍・坂上田村麻呂(さかのうえたむらまろ)
彼らとの出会いによって物語に起伏がうまれます。

本来、鬼は地獄にやってきた死んだ人間を「あの世」に導く役目を担っているのですが、たま~に生きているのにふらりと地獄にきてしまう人がいるのです。こういう場合、どうぞお気をつけくださいませ。鬼は生きているものしか食べないのだそうです・・・・・

阿子那は食べられてしまうかもしれないとわかっていても、橋を守ってくれた非天丸とともに暮らすことをやめません。鬼の本性の残る非天丸にも、阿子那を食いたいという欲望をおさえようと苦しんでいます。しかし彼が試練をくぐり鬼から人間に戻っていく様には、勇気をもらえます。阿子那の非天丸への揺るぎない信頼、非天丸の優しさがじんわりしみます。阿子那の強さが頼もしくて、心地よいです。
どの登場人物も、心にもろさをかかえているけれど、世間の荒波をかきわけて生きていく強さがある。
篁にも、強く生きたいとおもう心が芽生え、父を支える決心をするシーンがよかったですね。泣きます。
篁の成長もいいのですが、脇役である阿子那、非天丸、坂上田村麻呂の3人がとっても魅力的です。彼らの今後を知りたくなります。(続編でないかしら。)

作者の伊藤遊さんのほかの著作
「えんの松原」こちらも平安時代の京が舞台。怨霊に祟られてしまった皇子のおはなし。「つくも神」古い道具には神様がやどるという・・小学生の兄妹のものがたり。「きつね、きつね、きつねがとおる」。子供にしか見えないものがあるんだよ。(以前このブログでご紹介)「狛犬の佐助 迷子の巻」石工の魂のやどる狛犬・佐助の物語。「ユウキ」小学6年ケイタ。友だちになるのはみんな何故かユウキという名前。こんどやってくる転校生はどうだろう?

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第140回 優秀な猫と頼りない王様

「ねこと王さま」 徳間書店 2019年12月発行 166ページ
ニック・シャラット/作・絵 市田泉/訳
原著「THE CAT AND THE KING」 Nick Sharratt 2016年

いまから少しむかしのお話、あるところに、王さまが一番の友だちのねこと立派なお城で暮らしていました。
ある日、お城をドラゴンに燃やされてしまったのです。お城は全焼しもちものはほとんど失って、召使いは全員やめてしまいました。お城には住めなくなったので小さなおうちに引っ越すことになりました。

いきなり王が城を失うというインパクトあるはじまりだしです。つかみはオーケーですね。
赤いじゅうたんの上を歩いたり、おいわい行事でのテープカット、みんなの前で話をしたり、頭から重いかんむりを落とさないようにしたりといった王さまらしい仕事しかできない王さま。「箸より重いものを持ったことがない」というやつですね。まあ王さまですからねぇ。ねこと王さまが二人だけで暮らすなんて、だいじょうぶでしょうか。ちょっといやいやかなり頼りない。

心配になりますが、王さまを支える友だちのねこが賢くてそのうえ働きものなので、安心です。おまけに、字も上手でパソコンも使えるし運転免許だって持っている、という優秀さ。このねこくんがいい味出してます。
フリーマーケットで家具・食器・時計などを買いにでかけたり、スーパーへ食料品を買い出しに行ったり、バスに乗るため列に並んだり、食器をあらったり、食事のためにテーブルを準備したり、いままでそんなことしたこともないわけです。とまどう王さまに、ねこがしっかり教えていきます。
以前の楽しかった王さま暮らしを思い出しては寂しくおもう王さまを、慰めるねこがまたイイ。

できることの多いねこが家事をメインに受け持って暮らしてはいますが、執事だとか召使いではなく、ねこと王さま二人は友だちなのです。支え合って暮らしているのがいいですね。家族とともに暮らすコツをおそわったような・・そんな気がいたします。
王政廃止?とか突っ込みたいところはあるのですが、ファンタジーとして楽しめます。暴れドラゴンを退治しないとか王が頼りないとか召使いの役目の使いまわしだとか意外な設定が楽しいです。最後の王さまのねこへの感謝のことばがイイ。

挿絵がまたかわいらしくて面白いです。フリーマーケットで買ったもの、スーパーで買ったもの、素敵な品々がこまごま描かれていて、これをながめるのが楽しい。
作者のニック・シャラットさんは、イギリスのイラストレーター。イギリス児童文学作者のジャクリーン・ウィルソン、ケス・グレイなどの挿絵をたくさんかいてます。文章もかいた児童書はこれが初とのこと。



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第138回 古生物を現代につれてきたらこういうかんじ。

「リアルサイズ 古生物図鑑 古生代編(古生物のサイズが実感できる!)」 技術評論社 2018年8月発行 207ページ
土屋健/著者 群馬県立自然史博物館/監修

今から6億2000万年~約2億5100万年前に発生した生き物たちの実際のサイズがわかる図鑑です。
現代にあるもの(犬、座布団、イカ、サーフボード、2階建てバス、マグロなど)と並べて復元された古生物が掲載されるので、実際の大きさがとてもわかりやすく楽しく読めるようになっています。
エディアカラ紀、カンブリア紀、オルドビス紀、シルル紀、デボン紀、石灰紀、ペルム紀にわけて古い時代から新しい時代の生物を紹介していきます。だんだんと進化していくのが目に見えるのも楽しい。

生物の誕生から数十億年は顕微鏡でようやく見えるという微小のサイズでほそぼそと進化してきましたが、先カンブリア時代末期のエディアカラ紀(6億2000万年前)になると、突如からだが大型化していくのだそうです。ようやく人の目に見える大きさになった華々しい時代なのです。この時代の多くは手の平ほどのサイズですが、例外的な大型種も存在しました。

さて、あまりむつかしいことは言わないでおきましょう。ぜひページをめくってください。生物たちと並べられる現代の品はいろいろで、著者のセンスが光ります。それぞれの古生物とともにつけられた文章も、ややマニアックながらも冗談がきいておもしろい。
イカの天日干しとともに干された「ランゲオモルフ」、歯ブラシの上の「アイシェアイア」、朝顔の双葉の上の「ハルキゲニア・スパルサ」など。
エディアカラ紀・カンブリア紀はやや小型(手のひらぐらい)なものが多いせいか、食べ物と並べられることが多いようです。現代からみると奇妙、と感じる生物たちなものですから、珍味ナマコみたいな感じで、食べられなくはなさそうですが口にいれるのはちょっと
ためらってしまいますねえ。
面白いのは、サバとともに氷につけられた「アノマロカリス」。どうやって食べるんでしょう。ていうかおいしいのだろうか・・。なかなか希少なのでしょう、時価という値札がつけられているのもなんだかおかしくて笑ってしまいます。

不思議なかたちをした生き物がおおいです。過ぎ去ったはるか遠いむかし、彼らは生きていた。どういう理由でこういう体の構造になったのか、なんて考えると楽しいですね。
よろしければお手にとってみてください。
「リアルサイズ古生物図鑑 中生代編」「新生代編」もございます。