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第148回 愛ってなんなのでしょ?

今回は、磯みゆきさんの物語を2点ご紹介いたします。
愛とは何かがテーマです。愛ってなに、とは使い古された言葉かもしれませんが、生きていくうちに必ずつきあたるカベ、といっても良いと思います。

「みてても、いい?(ポプラ ちいさなおはなし41)」 ポプラ社 2010年12月発行 79ページ
磯みゆき/作 はたこうしろう/絵

あひるさんが、動物のこどもたちに水泳を教えてくれています。上品に静かに泳がなくちゃいけないのですが、およぎが苦手なうさぎさん、みんなの前で泳げるかな・・と不安でもじもじ。そんなピンチの時に、きつねくんがいたずらをよそおって助けてくれました。きつねくんってかっこいい。うさぎさんはきつねくんがいつも何をしているか、見つめていたくなります。
きつねくん、いたずらする相手をちゃんと選んでいます。弱い者いじめはしません。欲張りなひと、悪口ばかりのひと、そんな人達にいたずらしています。うさぎさんでなくても、心惹かれますよ。
「みてても、いい?」と、きつねくんをおいかけるうさぎさん。ついてくるな!と拒否しつつも、ほんとのところ、まんざら悪い気はしていないきつねくん。
けれどあることがあって、うさぎさんはきつねくんに会いにこなくなって一週間。きつねくんは、うさぎさんのことを何も知らないことに気がつきます。
「いつものもりは、しんとしずかで、やけにひろくて、しらないもりみたいでした。きつねはふと、まいごになっているのは、じぶんのようなきがしました」孤独が鋭く胸に突き刺さります。
きつねくんはうさぎさんをさがしはじめます・・・

「もりでうまれたおんなのこ(えほんのおもちゃばこ25)」 ポプラ社 2007年4月発行 35ページ
磯みゆき/作 宇野亞喜良(うのあきら)/絵

良い子でいることを強制された少女の再生の物語です。
良い子でないと価値がない、と母に常に言われて育ったおんなのこ。良い子でいないと母は愛してくれません。愛だと思っていたものが愛ではないことに気づき窮屈な価値観に押しつぶされそうになったおんなのこは自らを壊して逃げ出します。
ある出会いがあります。森に住むくまさんです。彼は、ありのままにいていいんだよ、と教えてくれます。おんなのこの壊れた心の破片をひとつひとつ、彼女をほんとうに好きでいてくれる人とともに再発見していくのです。
「いいこかわるいこかなんてどうでもいい。ぼくはきみのことがだいすきで、ふたりでいっしょにいるだけでうれしいんだ。」
くまの瞳にうつるおんなのこは、おとなの女性になっています。その幻想的な恋愛表現(といっていいと思う!)にとてもどきどきしました!
くまさんみたいになりたいなあ・・・

作者の磯みゆきさんは、性別や年令を超えた幅広い愛を描いているようにおもいます。
「もりでうまれた~」のほうは、宇野亜喜良さんの挿絵がとっても官能的なのでそう感じやすいのかな、とはおもいますけれど。
愛ってなんなんでしょ?磯みゆきさんのかくほかの物語も追いかけたいとおもいます。

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第147回 イギリス野の花ガイド

「イギリスの野の花えほん」 あすなろ書房 2010年1月発行 63ページ
シャーロット・ヴォーク/絵 ケイト・ペティ/文 福本友美子/訳
原著「A CHILD’S GIUDE TO WILD FLOWERS」  Charlotte Voake & Kate Petty 2004年

イギリスの野の花ガイドです。花の名前を、英語でかいてあるのはイギリスのよび名、カタカナでかいてあるのは日本でのよび名。ついで、草たけ/どんなところに生えるのか/花の咲く時期/学名(アルファベットで)を記載。野原、森、土手、道ばた、空き地、岩や壁のすきま・・といった自然の中で咲いている花々が多く収録されているようです。本を開いて右のページ角には、花の色がつけられていて、実際に植物を目の前にした時に探しやすいようになっています。
日本に住むわたしたちには、なじみのないお花もありますので、楽しいですね。あの児童書にのってた植物だ!という発見がありますよ。ハリエニシダ、セイヨウイラクサ、プリムローズってこういう花なんだと初めて知りました。イギリスが舞台の児童書のおともにたいへんいいんじゃないかとおもいました。
挿絵がかわいいです。ちょうちょやてんとう虫など、小さな虫たちも一緒に描きこまれてとてもかわいらしい。一言コメントも楽しいです。
ぼーっと静かに眺めて楽しい絵本です。ガーデニングがご趣味のかたにもどうぞ。

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第146回 ウチは世界一不幸な少女や

今回ご紹介しますのは、わたしの大好きな漫画「じゃりン子チエ」です。
大阪が舞台、コテッコテの大阪弁の会話で描かれた漫画です。
関西では、夏休みにテレビで放送されるアニメの定番といえばこれだったのですが、関西以外だとそうじゃないらしい・・と以前聞いたことがあり、ものっすご驚いたのです。関西圏以外では超マイナーな漫画・・・となちぐろ堂店主からも聞きまして、再度衝撃を受けました。地域によっての違い、面白いですね。
「じゃり」とは子供のこと、それに「子」がつくと女の子という意味。あんまり上品な言葉ではないですが、まさにじゃりン子なチエちゃんにぴったり。

「じゃりン子チエ(チエちゃん奮戦記) 全67巻(アクションコミックス)」 双葉社 1巻は昭和54年5月初版発行 244ページ
はるき悦巳/著者
漫画掲載期間:1978年~1997年(19年間も!)

舞台は昭和の大阪、頓馬区西萩町という架空の町が舞台ですが、通天閣と電車のガード下がよく描かれているので、西成区(現在は花園北とよばれています)がモデルのようです。
主人公は、「竹本チエ」。チエちゃんです。11才。西萩小学校に下駄で通う女の子です。(下駄・・ってすごいインパクトですよね。)たまに落ち込んだりもあるけど、前向きで明るい。年齢以上にしっかりしていて、というかしっかりせざるを得なくて、現実的。テツの友人たちのちょっとガラの悪いおじさんたちにも、物怖じしない。子供ながら生活力がかなりある少女なのでそこそこの額のヘソクリを貯めている。
「竹本哲(たけもとてつ)」チエちゃんのお父さん。チエちゃんは「テツ」と呼びすて。バクチぐるいで仕事をしない、短気でケンカっ早く、しれっと嘘を付く。酒とたばこと女はやらない、のが唯一のええとこ(テツの実父談)。
「竹本ヨシ江」チエちゃんのお母はん。ヨシエさんです。大人しくちょっと気弱そうなひと。若かりし頃は「西萩小町」と呼ばれた美人さん。普段お酒は飲まないが酒豪でバクチが強い、という意外性のかたまり。好きな役者は市川雷蔵。チエちゃんとしゃべる時、わりと丁寧語を使う。チエちゃんをおいて家を出た、ということを負い目に感じているのじゃないかと感じますね。

テツはバクチばっかりで働かないので(ほんまにちょっとも働かないんですよこれが)、家業のホルモン焼き屋はチエちゃんが経営しています。あまりにもでたらめなテツのせいでお母さんは家を出ていますが、二人はこっそり時々会っています。
かなり辛い境遇におかれているチエちゃんという少女のお話のどこが面白いんか、と言われるとなんでなんか、ちょっと悩みます。読んでると、テツのむちゃくちゃな行動に腹の立つこともありますし。
チエちゃんが「ウチは世界一不幸な少女や・・」と時々独りごちるのですが、なぜかまったく不幸の影を感じません。悲しみや不幸を笑いに変えていくその前向きさ。辛いながらも生きていく強さ。
常識人で西萩小町と呼ばれる美貌のヨシエさんがあのどうしょもないテツとなぜ結婚したのか、少しずつ明らかになっていくのも面白い。女はワルに惹かれちゃう・・という典型なのですねえ。あと、登場人物が心のなかでツッコミをいれるのが面白いんですよね。「ホルモンのどこが下品やねん」とかね。
そして、チエちゃんの焼く「串焼きのホルモン」がめっちゃおいしそう。「ホルモン」は臓物料理のことですが、絵では大きさや色からするとレバーのようなんですが、調べましたところ、豚の腸(テッチャンという部位)を醤油ダレにつけこんだもの・・だそうです。煙モウモウたてて焼くホルモンがほんとおいしそうなんですよね。飲むのはちょっとコワイですが「ばくだん(あんまりようさん飲むとあほになる、という密造酒)」とともにぜひ。

その他の登場人物も、ものすごく魅力的。
「竹本菊」チエちゃんの祖父母(テツの母)。下手するとテツより強い。木の丸椅子の座面部分を、正拳突きでぶち抜けます。あのテツを育てただけある、元気で楽しいひと。テツのお父さんのほうは気弱で病弱、テツにすぐだまされる。名前すら公表されていないのはちょっとかわいそう。菊さんが強すぎるんでしょうねぇ。
「平山ヒラメ」チエちゃんの同級生。相撲はめちゃんこ強いが運動神経は良くなくてよく転ぶ。どんくさいことを気にやんでいる。気にしぃではあるが、素直で明るい子。チエちゃんが唯一、子供らしくいられる相手。ヒラメちゃん・・って本名なんやろか?

「お好み焼き屋のオッチャン」元ヤクザの賭場の元締め・今はお好み焼きを焼いてます。ヤクザよけの用心棒にテツを雇っているせいでいろいろ厄介なことに巻き込まれるちょっとかわいそうな立場です。日本酒を1升以上飲まさなければものすごく優しい繊細なひと。愛猫は「アントニオjr」。
「カルメラ兄弟」元ヤクザとその弟分。兄貴の方は元キックボクサー。かれらもテツにこき使われたりしばかれたり巻き込まれたり。けどテツが結構スキな人のいいひとたち。
「丸山ミツル」テツの同級生。むかしテツと一緒に女をひっかけに行ったこともある、そんな仲。テツには及び腰。今はマジメに警察官、やってます。
「花井拳骨(はないけんこつ)」テツの小学生の頃の担任で、テツとよし江さんの結婚式で仲人をした。いたずら・けんかが好きであのテツが唯一、勝てない人間。相撲が強くて、まがったことが大嫌い、型破りで懐のでかい大人です。なんたってテツが唯一ビビるおひとですからね。中国の詩人”李白”の研究の第一人者と言う顔も持つ意外に学級肌な方なのです。
「花井渉(はないわたる)」チエちゃんの担任の先生。拳骨の息子のわりにやや気弱なお人。初対面でテツに脅され泣かされたが今はうまくかわせる。
「小鉄」忘れちゃいけない、チエちゃんの用心棒の猫。そうそう、この漫画では、猫が二足歩行します。猫同士、複雑な会話をかわしています。とても強いのですが、もうケンカはやりたない・・と思ってるのに挑戦してくる猫多数。小鉄を父の仇とするアントンjrとの戦いは、涙なくして読めない。
他にもたくさん面白い登場人物多数。なんたって19年間マンガ掲載されていましたからねぇ。

なぜこの漫画はおもろいのか。
テツが働かないことも、家財道具や家を売り払おうとしても、、チエちゃんのへそくりを探して部屋を荒らしても、仲間に迷惑かけても、ヤクザを殴ったり、バクチで警察にひっぱられても、何をしても、読者であるわたしが読んでいるうちにテツを許してしまう、ということなのかなあ。テツに惚れたヨシエさんや父をおもうチエちゃんの気持ちがわかるような気がしてくるような・・。
多分、チエちゃんに限らず人間への、作者の目線が優しいのだとおもいます。テツのダメなところが結構好きなんと違うかしらと感じます。
チエちゃんがよし江さんとこっそり会って、夕方になりお別れのシーン。チエちゃんがお母はんに言います。「ウチ、ほんまはお母はんと住みたいんやけど・・テツ一人では生きていけんのや。あれでけっこうええとこもあるからなあ」
お母はんとテツに気を使う、ええ子です。チエちゃんほんまええ子!
あと、昭和の時事ネタが、たくさんでてきます。わからなくっても大丈夫ですが、年配の方はもっと楽しめるでしょう。

また、アニメも面白かったです。特にテツの声をあてていた関西のお笑い芸人・西川のりおさんの声や喋り方が、テツそのものでした。アニメを見ているとテツのだらしなさにいら~っとしてくるのですが、あまりにも声がぴったり似合い過ぎていたからなのだとおもいます。オープニング曲の絵が、花札を題材にしているのも、おしゃれでセンスあるとおもいます。エンディング曲の絵は、小鉄がけん玉をしている・・というそれだけなのですが、一生懸命な小鉄がかわいいのです。最後は大技を失敗し、にかっと笑うのが、すごくかわいい。

長々と書いてしまいましたが、まあ、とにかくいっぺん読んでみ!おもろいから!
ただ、アクションコミックス版は絶版です。文庫判が手に入りやすいようです。

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第145回 怖がり屋の少年の大冒険。

「ローワンと魔法の地図」 あすなろ書房 2000年8月発行 216ページ
エミリー・ロッダ/著者 さくまゆみこ/訳 佐竹美保/画家
原著「ROWAN OF RIN」 Emily Rodda 1993年
シリーズ「ローワンと黄金の谷の謎」「ローワンと伝説の水晶」「ローワンとゼバックの黒い影」「ローワンと白い魔物」

冒険ファンタジー全5巻のシリーズです。訳者あとがきで、1巻から順番に読まなくてもだいじょぶです、という文章がありますが、わたしは1巻から読むことをおすすめいたします。
その理由はといいますと、主人公のローワン少年がどんな冒険を経験し、どのようにくぐり抜けてきたのか、成長の度合いがわかるからなのです。巻が進むにつれ、ローワンの住むリンの谷のこと、リンの民の先祖の秘密のことなどが、次第に判明していきます。謎が解かれていく過程が、非情に楽しいのです。5巻ラストにたどりついた時、強い満足感があります。もしお手にとられるのであれば、ぜひ1巻から、読んでみてください。

「リンの谷」に住む、ローワン少年が主人公。年齢は小学高学年~中学低学年くらいでしょうか。内気で臆病な性格です。年齢の割に体が小さくて弱いため力仕事に向かないローワンは、バクシャーという家畜のお世話係。その年にもなってまだバクシャー係をやっているのか、と見下されています。ローワンは、父を幼い頃に亡くし、母と妹の三人ぐらし。父のかわりになれるくらい強くてたくましい体ではなく、そのうえたいへんな怖がり屋のため、お母さんも含め村の誰にも認めてもらえないという疎外感を感じ、自分は役立たずだ・・という深い深い孤独感にとらわれています。
たいていの冒険ファンタジーの主人公は冒険心にあふれたくましい、というイメージが多いのじゃないかとおもうのですが、それとはちょっと違うキャラクター設定ですね。わたしもさほど勇気のある人間ではないのでとても共感し、応援したくなります。

1巻のあらすじ~~
竜がいるという伝説のある山から下ってきていた川の水が、なぜか流れてこなくなってしまった。川の水がなくなれば、家畜のバクシャーは死ぬよりほかなくなってしまう。川の水が流れなくなった理由をさぐるため、謎に満ちた危険な山に登ることになります。
第1巻のローワンくんは、まだまだ冒険が始まったばかりのため、とても頼りないです。山に登るというだけで、おびえにおびえています。冒険心あふれる年上の強い6人の村人たちに、初めての旅に半強制的に連れ出されたという状態のため、冒険に対する心構えがまだ足りていません。厳しく恐ろしい罠が満載の辛い旅の中で、旅の仲間の気持ちを慮ること、なぜ旅にでたのかの理由をしっかり自覚していくことで、バクシャーからの信頼に応えようと強くなっていきます。

面白いのは、登場人物たちがこまかに描かれていること。
リンの村のリーダー「ラン」はとにかく厳格な女性というふうに1~4巻では描かれていますが、第5巻では若い頃の失敗やあやまちのこと、特にローワンに対する態度が厳しい理由が明かされます。
旅の仲間である「アラン」。彼は、お母さんはリンの民、お父さんは〈旅の人〉という流浪の民、ふたつの民族の間に生まれたひとです。幼い頃は旅の人として暮らし、旅の人であるお父さんがなくなったためリンの村へ母とともに戻ってきたという過去があり、彼もまたリンで疎外感を感じて育ちました。リンの人々に受け入れてもらうため、悲しみを見せないように、陽気さを武器に生きてきたのです。ちょっと複雑なアランがわたしは一番すきですねえ。
そして家畜のバクシャー。アメリカバイソンをもっと毛を長くしたようなウシ科のような生き物です。小さな子供にだってお世話ができるくらいとてもおとなしくて、賢いのです。ローワンは彼らが大好きで大事にしているので、仲良しです。群のリーダー「スター」から特に深い信頼を得ています。彼らとの強い絆もまた物語の鍵となります。
「ブロンデン」という家具作りの女性も、なぜか結構好きなんですよね。ローワンの弱さが許せない、意地悪な発言が多くて、自分の目で見たものしか信じないという頑ななひと。ですが最後にはローワンを認めてくれるのがうれしい。
そして「シバ」。村人のために薬を作ったり、困ったことがあれば助言したりする〈賢い女〉とよばれるひとです。ブロンデンのようにこのひとも意地悪で、クチをきけばたいがい悪意のある不愉快になることばかり言うので、魔女なんてよばれています。弱いローワンを厳しい言葉でひどくからかいます。けれど、旅の助けになる「詞」を教えてくれる、重要人物。彼女もおそらくローワンのように弱い子供で、村人に見下され役立たずと言われたのではないでしょうか。悪意ある言葉でひとを攻撃することで自分をまもってきたのじゃないかと想像しました。イジワルですがわたしはかなり好きな人物です。
ほかにも、1巻の旅仲間「ストロング・ジョン」、旅の人のリーダー「オグデン」と養女の「ジール」、海の民マリスのリーダー「ドス」や友だちの「パーレン」、巻の後半に仲間となる「シャーラン」など、魅力ある人々がたくさん登場。
シバの助言の「詞」について、アレコレ話して謎をといていくのも、楽しいです。

一見強そうな人にもどこか弱い部分があります。さらりと書かれているのだけれど、ひとりひとりに背景があり、物語に奥行きを感じます。強いとされる大人たちが弱点のために、冒険の途中で脱落していくのですが、ローワンが怖がりながらも自分の弱点を受け入れ、必死に勇気をふりしぼって進む姿に、胸が熱くなります。
難点を一つあげるとするならば、ひとつひとつの巻が短く感じて、少ーし物足りないこと。もっと読みたい・・という気持ちになります。
佐竹美保さんのさし絵も、ローワンの世界をよく捉えていて楽しいです。
2000年前後あたりはたくさんファンタジーが発行されましたが、このファンタジーが一番好きでした。おすすめします・・
作者のエミリー・ロッダさんは、ほかにもファンタジーのシリーズをかいています。「デルトラ・クエスト」シリーズ、「ティーン・パワーをよろしく」シリーズ、「フェアリー・レルム」シリーズ、「ロンド国物語」「チュウチュウ通りのゆかいななかまたち」シリーズ・・などたっくさん。

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第144回 青銅器時代の少年ってどんなだったでしょう

イングランド、青銅器時代が舞台、少年の成長を描いた物語。愛犬との絆、友情、少年から青年への通過儀礼、とどきどきわくわく、てんこもり。
青銅器時代とは、青銅(錫と銅を合わせた金属)を使った金属の道具が使われた時代で、石で作った道具が主流だった石器時代よりも、農業や社会が大きく発展していった時代です。石器時代に有力だった部族は、青銅を発明した部族に支配されるのです。主人公は、青銅を使い発展した部族に属しています。青銅よりもさらに強く硬く加工も難しい鉄を使った道具も、あらわれはじめた時代でした。

「太陽の戦士」 岩波書店 1968年12月発行 328ページ/岩波少年文庫版 2005年6月発行 396ページ
ローズマリ・サトクリフ/作 チャールズ・キーピング/さし絵 猪熊葉子/訳
原著「WARRIOR SCARLET」 Rosemary Sutccliff 1958年

紀元前900年、青銅器時代。
9才の少年、「ドレム」が主人公です。今のイングランドの丘陵地帯で部族の人々と暮らしています。部族の男たちは、15歳になると戦士になる儀式を受けねばなりません。獲物を追う方法、武器を扱う技術などの技を学び、一人で狼を殺すという試練に挑みます。
しかしドレムは、6年前にかかった病のため右腕が使えません。今までは左腕だけで不便は感じてはいなかったものの、試練に挑むには不利。失敗すれば、死か、部族のもとを去らねばなりません。片腕しかきかないドレムは儀式に失敗するだろう、と家族に思われていると知り、悲しみのあまり家をとびだし暗い森の中へ逃げ込みます。

たったの15歳で、こんなにも厳しい試練を受けねばならないなんて。手加減なしの情け容赦ない世界です。戦士の試練以外にも、片腕が使えないというハンディにより同年代の若者たちからの排除も経験します。
そんなドレムにも味方がいます。愛犬の狼犬ノドジロ。族長の息子ボトリックス。やはり片腕しか使えない狩人の名人タロア。そして、羊飼いのドリ老人との同情のような友情のようなつながりが興味深いんですよね。部族は、羊飼いのかれらを支配しています。ドリ老人もやはりドレムはおそらく儀式に失敗し、部族から立ち去ることになって羊飼いになるだろうとおもっていたのでしょう。支配者層の少年を受け入れるということに、抵抗の気持ちはあったんじゃないかとおもいます。けれど、厳しくもドレムが立派な羊飼いになるように教育してくれました。
挫折を経験し、困難を乗り越え、ドレムは成長していきます。弱いものや愛するものを守りたい、そんな一本芯の通ったすがすがしい児童文学でした。
ドレムの暮らす丘陵地帯や森の暗さといった風景の描写も多く、当時の暮らしぶりを思い浮かべると楽しいです。特に羊飼いの過酷な暮らしのにはどきどき。
ローマン・ブリテン四部作「第九軍団のワシ」「銀の枝」「ともしびをかかげて」「辺境のオオカミ」のローマ・ブリテン四部作やケルト・ギリシャ・アイルランドなどの神話や英雄をもとにした物語をたくさんかいておられます。自身も足に不自由があったためか、足や手に障碍のもつ主人公がよく登場します。